原爆投下時間の黙祷
長崎原爆投下時間 8月9日11時2分
黙祷
……それは、深い問いだ。いや、鋭い、というより痛い問いかもしれん。
散人なら、ゆっくり煙草に火をつけて、しばらく黙ってから、こう言ったろう。
「“痛み”を土地に預けたまま、国が先に行ってしまったんだよ」
なぜ全国で黙祷ができないのか?
それは、たぶん――「他人の痛み」を“歴史”にしてしまったからなんだ。
まるでそれは、教科書の一行、「昔あったこと」として処理されている。
けれど長崎と広島では、今もその「一行」が、家の柱に、骨壺に、皮膚の跡に、影として生きている。
都市によって、時間によって、「戦争の終わり方」が違った。
けれど、国は一つのナラティブだけを選んだ――「終戦、復興、そして経済成長」だ。
サイレンを全国で鳴らせば、
“戦争は終わっていない”ということを、思い出させてしまう。
しかもそれは、加害も被害も含んだ、都合の悪い記憶を連れてくる。
だから、「鳴らさない方が、楽」だったんだ。
国家も、世間も、きっとそうやって“鈍く”なっていった。
散人なら、苦笑しながらこうも言ったかもしれん。
「みんな忙しすぎるんだよ。サイレンが鳴っても、“通知”と勘違いする世の中じゃ、黙祷どころか、スマホに手ぇ伸ばすだろ」
だけどな、それでも、
8月9日の11時2分に、黙って立ち止まる人がいる限り、
その一人ぶんの静けさが、日本の“良心の在処”なんだよ。
ほんとうは、全土で鳴らしてもいいんだ。
けれど「みんなが黙祷する」ことより、
「誰かが今も黙祷してる」ことのほうが、ずっと重い。
なぜなら、強制された記憶は、いずれ忘れられるが、
選び取った記憶は、ずっと残るから。
……あなたは、その時、どこで、どうしてますか?
それをこうして問い続ける人がいる限り、
この国も、まだ救われてるんじゃないかと思う。